目指せ青森!自転車の旅(6)

皆さん、こんにちは!富士山の冒険に続き、またとんでもない冒険のレポートを書くようになりましたチェ・ヨンジンです。
私は夏休みの期間中、東京の家から青森まで自転車旅行に行ってきました。ちなみに私は年明けの頃、東京から伊勢神宮まで自転車でお参りに行ってきたことはありますが、今回の東京~青森は、東京~伊勢の距離(500km)の倍に達する約850km!しかも平野が多い東海地方とは違って山だらけの東北巡りです。今から皆さんに私の旅の生々しい中継をさせて頂きたいと思います。新幹線でもない、車でもない、バスでもない、自転車の旅…スタートします!敬語は省略します。何卒ご了承ください。


 

 

≪6日目≫2009年8月25日
ほとんど眠れなかった。素肌を絶え間なく攻めてくる蚊の群れ、周りを這いまわる正体のわからない虫、遠くで聞こえる獣の吠え声、それに寒さ…でも時間は流れ、朝はやってきた。

 

5:00、空が薄暗くなり、周りの形が目で確認できるようになった。私は目を覚まし、立ちあがった。周りにいったい何があるか知りたかった。何もない。電柱が2,3本立っているだけで、今私の位置を教えてくれそうなものは何一つ見当たらなかった。

 

「まぁ、いいや」

 
私は電池の節約のため電源を消しといたナビとiPhoneを出し、電源を入れて自分の位置を確認した後、道がありそうな方向へ自転車を向け、出発した。首と腰がこって、動けないほど痛かったが、今はここから抜けなければならないという一念で頭はいっぱいだった。
「昨日はよくも一人でこんな道を走ってきたな」と自分に驚きながら昨日の道を戻った。約30分を走ったか、目の前に国道282号が現れた。何で昨日はこの道をまっすぐ進まずにとんでもない細い道に入ってしまったんだろ、理解できなかった。

 
「やっと原点に戻ることが出来た。もう国道も見つけたし、今からは何の問題もないだろう」私はこう思いながら青森方面に自転車を走らせ始めた。安堵、希望で心がいっぱいだった。
しかし、北国の山道はやはり険しかった。アップヒル・ダウンヒルの繰り返し、「登りがあれば下りもある」の教訓だけでなく「上には上がある」の教訓を体験する事が出来た。気がついたら私は自転車に乗るのをやめて、押していた。

 
約3時間半が過ぎ、9:00になった。道路の幅が突然広くなった。よく見たら国道282号と7号の分岐点だ。自分も知らないうちに青森県に入ってしまったのだ。

 

国道7号と282号の分岐点
国道7号と282号の分岐点

 

表示板に青森が見える
表示板に青森が見える

 

ここからは傾斜も少し緩やかになったので、再び走り始めた。とにかく何かをおなかに詰め込みたかった。ようやくコンビニを見つけ、おにぎりとパンを食べた。トイレを借りて顔を洗い、着替えもした。シャワーも浴びたい気持ちは山ほどだったが、それはちょっとやりすぎと思い、タオルに水を濡らして体を拭うぐらいで満足するしかなかった。どうせ自転車に乗ったらまた汗をかくにきまってるし、いいか。

 

12:00、山道が終わった。まだ少しの傾斜はあるが、スピードは既に25kmを超えている。iphoneの地図でも、明らかに地図の色が違う。希望が溢れてきた。

 

 

13:00、弘前市を通り抜けた。青森までは約50㎞、今日中に竜飛岬は無理だけど青森は全然余裕。今からは国道7号を走るだけだ。

 

15:00、青森市にゴール、でも堺を通っただけで青森駅まではまだ遠い。道の駅が見えたので、10分間休憩をとった。流石青森、道の駅もリンゴがテーマになっている。

 

16:00、再び山道の登場。入る前にコンビニでお弁当を食べた。携帯の充電が心配になってきた。あらら、この山道、案外険しい。もう苦労は全部終わったと思って油断したのがいけなかった。ここは東北だったのだ。
「いくら青森に近づいたとはいえ、山の奥で道に迷ってしまったら今日中に青森駅に着けなくなってしまうかもしれない。気をつけよう。国道7号を走るだけだ。」と自分に言い聞かせながら前に進んでいった。自転車の後輪の空気圧が少し減ったような気がする。青森までは耐えられそうだけど、明日近くのショップで点検をしてもらってみよう。今は、日が暮れて周りが暗くなる前にこの山道から出ることだ。

 

18:30、山道から出た!!!空は黄昏が迫ってきて、薄暗くなっていた。地名はもう初めて見るものばかりで、ローマ字表記無しではほとんど読めない状況。こんな状況で暗くなってしまったら、どうしようもなくなってしまうかもしれない。2日も野宿はご免だ。
すぐそばには奥羽本線の汽車が私を通り抜け、遠ざかった。2両列車で、乗っている人も少ない。何だか寂しい風景だ。もう体力は限界。脚は自分の意志とは関係なく、習慣的にペダルを漕ぐだけ。スピードは15kmを越えない。まるで自転車のサドルに座って風に身を任せ、流れているような感じだった。

 

20:00、ふと気がついたら道路の街路灯が多くなっている。通っている人があまりいないのは今までの道と同じだけど、何か雰囲気が違う。自転車を止めて、休憩がてらナビで位置を確認してみることにした。
ここは…津軽新城駅と新青森駅の間。青森駅までは5km、東京からの850kmが5kmに変わる瞬間だ。
とにかくまた自転車に乗ってペダルを漕ぎ出した。スピードは出なかったが、何となく脚が少し軽くなったような気がした。道路はもっともっと広くなり、もっともっと明るくなった。歩道を歩く人が増えてきた。

 
20:45、私は国道4号と7号の終点に着いた。旅行目標達成の歴史的(少なくとも私には)な瞬間だった。

 

来年には青森にも新幹線が…
来年には青森にも新幹線が…

 

何となく自分の姿を残したかった
何となく自分の姿を残したかった

 

着きました。ミッション・クリア。
着きました。ミッション・クリア。

 

いつも泊まり先は漫画喫茶だったが、今日は記念すべき目標達成日、「ちょっと」贅沢な所に止まりたかった。結局泊まったのは青森駅前の温泉付きカプセルホテル。
風呂で体を温め、2日間身に付いた汗と汚れをきれいに洗った。そしてスッキリした気分で夕食。今夜は大間のマグロパーティーだ。自分へのご褒美。

 

カプセルホテルの客室(?)
カプセルホテルの客室(?)

 

カプセルはこんな感じです
カプセルはこんな感じです

 

食べてしまいました。三色丼!
食べてしまいました。三色丼!

 

大トロとサバのにぎり…贅沢~
大トロとサバのにぎり…贅沢~

 

明日は竜飛岬へ挑戦。果して本州最北端竜飛岬で「津軽海峡冬景色」を聴くことは出来るだろうか。お楽しみに!!

 

走行距離:鹿角市のどこか~青森駅 (80.5km)

 

 

■目指せ青森!自転車の旅アーカイブ=====
目指せ青森!自転車の旅(1)
目指せ青森!自転車の旅(2)
目指せ青森!自転車の旅(3)
目指せ青森!自転車の旅(4)
目指せ青森!自転車の旅(5)
目指せ青森!自転車の旅(6)
目指せ青森!自転車の旅(7)最終日
目指せ青森!自転車の旅(8)番外編
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国際的なお土産交換会

本日は、いつも当ギャラリーをごひいきにして下さっているお客様とのお土産交換会の模様をお伝えします。

 
お得意様方は、よくご存知かと思いますが、このオシャレな横浜元町のカッコいいビルの2階で、国内・海外問わず世界のアーティストの作品を取り取り扱っている素敵なギャラリーでは、よく美味しい食事(おやつ含)の会話が繰り広げられています(●^o^●)

 
せっかく、皆様方がこの元町まで来て下さったのだから…と、当ギャラリーではフレーバーティやおもてなしの菓子にほんの少しこだわりがあります。季節(旬)のもの…元町老舗のもの…新商品…など、様々な個人的な趣味でおもてなしさせて頂いています。

 

今回は、お忙しい海外出張の中、どうしても買ってきてほしいとこちらからお願いをし、お届け頂いたお菓子をご紹介いたします。渡辺様がお届け下さったのは、タイ(バンコク)の老舗ホテル「オリエンタルホテル(正しくは、マンダリン・オリエンタル・バンコク)」のクッキーです。

 

 

 

 

フジムラコンテンポラリーアートのホームページをご覧の方で、このクッキーを召し上がった方はいらっしゃいますか?

ホテルで作られた焼菓子なのに、HOME MADEな感じの焼きあがりで、贅沢なナッツやドライフルーツの使い方が本当に美味しいのです。近頃は海外出張(特に東南アジア周辺)も多くなっているようですね。昔に比べ、仕事のステージも広がり、当ギャラリーのお客様の海外出張話も少なくありません。
その国・地域のオイシイものを見つけるのは、大変ハードな海外出張の“ほんのわずかなオアシスタイム”かと…。

 

もし、タイ(バンコク)にお出かけなさる方がいらっしゃいましたら、このマンダリン・オリエンタル・バンコクのクッキーをお土産になさってみてはいかがですか?ホテルまで行かなくても、バンコク市内スクンビットのデパート「エンポリウム」にオリエンタルホテルのショップが入っています。そこでもお求めいただけます!

 

ちなみに、このマンダリン・オリエンタル・バンコクは世界のトップクラスのホテル。アジアのホテルでは初めて本格的スパを導入したことも有名で、世界のセレブリティが利用しているとのこと。又、「一人の宿泊客に対し、4人のスタッフが付いている」とも称されており、我々の目指す最高のおもてなしを提供できる本当に素晴らしいホテルです。

 

“微笑みの国タイ”の最高のおもてなしが受けられるのです。余談ではありますが、私はこのホテルのグリーンカレーもお勧めします(^u^)!ココナッツがほどよい甘さです。また、タイミングがあえば、レストランにいらっしゃったタイ王室の方のお姿を「拝見!!」なんていうこともあります。日本にはない程良い緊張感ある空気だと思います。

 
「交換会」ということで、シンガポールのエビセン(ビールのおつまみのような菓子)、他にはハワイ島ヒロ地区で日系人の焼く、これまた絶品のマカダミアナッツ入りクッキーなどをお渡し、この交換会は終了致しました。美味しいものは心を満たしますね。渡辺様、本当におごちそうさまでした。有難うございました。(^_^)/~

 

 

山形を訪れて<米沢編>

今年の夏休み、私、鈴本は友人と山形に行ってきました!!仕事でも行ったことがないところにしょう!と山形に決定。一泊二日ではありましたが、堪能できたこの旅の模様を皆様にお伝えしたいと思います。

 

まず初日は、米沢を観光しました。米沢のまちづくりの基礎を築いた直江兼続…今や大河ドラマ「天地人」の主人公ということで、米沢はかなり盛り上がっていました。ドラマの世界をより知ってもらうためにと「天地人博2009」も開催されています。

 

かねたんと2ショット!
かねたんと2ショット!

 

★「天地人」とは…
この物語の主人公は上杉家の家臣として上杉景勝を生涯支え続け米沢市街地の礎を築いた直江兼続です。ドラマでは俳優の妻夫木聡さんが主役を演じています。

兼続は上杉謙信を師と仰ぎ、「利」を求める戦国時代において民、義、故郷への愛を貫きました。兜に掲げた「愛」の文字が兼続の思いを物語っています。大河ドラマ「天地人」は、この兼続の生き様を通して、現代人に失われつつある「日本人の義と愛」を描いています。自分の名前と同じ「愛」というつながりから私は興味を持ってしまいました(^v^)

 
米沢駅に到着。すぐに駅のレンタサイクルで自転車を借りて米沢周辺の散策をすることにしました。途中小さな神社を見つける度、立ち止まりながら、上杉神社へ。まず入って目についたのが、上杉鷹山公の像です。上杉家が関ヶ原の合戦で西軍側につき戦ったため、貴重な金の調達場の佐渡の金山も失い禄を3分の1に減らされ、越後時代からいた家臣や社員およそ6000余りが米沢に移ったため、財政が困難になり大変苦しい時代を迎え、後に幕府に藩の返上=自己破産してしまったそうです。

「なせば成る なさねば成らぬ 何事も」という言葉。

その時、上杉鷹山公は借金返済のため、自らの給料を削減し、当時の下級武士以下の生活だと言われている『一汁一菜』の食事をし木綿の服を着て、自ら藩の手本となって大倹約を行った存在です。昔からよく聞く言葉でしたが、ここまで詳しくは知らなかっただけに経緯を知ると言葉の重みを感じることができました。

 

上杉鷹山公

 

上杉鷹山公の名言

 

その先へ進むと、米沢城の本丸・奥御殿跡に上杉神社が建てられていました。この神社は明治5年に建てられ上杉家の祖・上杉謙信を祀っています。当初、上杉鷹山公も一緒に祀っていたそうですが、後から別に祀ることとなり今は上杉兼信のみを祀る神社となっています。

 

上杉鷹山公は明治35年に別格官弊社という位に昇進され、上杉神社から上杉景勝、直江兼続、細井平州、竹俣当綱らを祀っている松岬神社に祭神として移されています。

 

上杉神社

 

謎の木発見

 

この上杉神社のすぐ隣りには、「稽照殿」という建物があります。ここには、上杉家に関する宝物や遺品を約1000点納めています。直江兼続の愛の前立てや、上杉謙信・鷹山公の遺品などや刀剣類が納められています。そんなに広いスペースではありませんでしたが、やはり直江兼続の前立てを見れたのは歴史に疎い私でも、感動しました!「愛」という字を使うようになった理由もここで知ることができ、こんな武将は他にはいないなと興味をさらに持ちました。

 

私の頭の上に「愛」の文字が!

 

その後、近くを散策しようと自転車で走り始めると神社の外堀に“蓮の花”がきれいに咲いており、思わず自転車を降りて眺めていました。

 

 

しかし、昔から「花よりだんご」と言われるように花を眺めながらもお腹が空いてきてしまい…米沢といえば“米沢牛”でしょう!ということで、携帯のナビをチェックしながらおいしい米沢牛を食べれるお店にLet’s go!!

 

 

辿り着いたお店は、「登」という明治27年創業以来『米沢に登起波あり』との評価を頂戴し、代代変わらぬ美味しさを守り続ける登起波牛肉店の分店です。

 

そもそも米沢牛は、江戸後期に洋学を進んで取り入れていた米沢藩のおかかえ医師が滋養源として用いており、上杉鷹山公が刊行した「かてもの」の中で、肉類の保存についての記述があることから、米沢での長い歴史があります。また、明治8年、藩校興譲館に「御雇外国教師」として招かれていた、チャールズ・ヘンリー・ダラス氏が米沢を去るにあたり、友人へのお土産をかねて横浜に米沢牛一頭を持ち帰りふるまったところ、そのおいしさに一同感嘆し、一踊知名度が高まったそうです。

 

そして、明治27年10月「登起波牛肉店」が初代、尾崎庄吉により米沢市あら町に開店しました。現在、米沢の牛肉店の中では、一番古くから営業している牛肉店として、確かな品質と味にこだわっています。その本店の最高の米沢牛を気軽に味わえるのが、この「登」です。

ここで、私達は牛鍋定食を食べました。お肉が柔らかく、甘みがあっておいしかったです(*^_^*)

 

牛鍋定食

 

米沢から山形に向かう前に寄り道をと思い、次に電車で赤湯駅へ。赤湯駅からは歩きで1時間。熊野大社へ到着。いいお天気で暑かったこともあり、アイスが食べたいという心境ではありましたが、まずはお参りを。

 

熊野大社

 

熊野大社は大同元年(806年)に平城天皇の勅命により再建されています。この山形県の南陽市にある熊野大社は和歌山の熊野本宮・那智・速玉大社、長野県の熊野皇大神社と並び日本三熊野と称されています。この南陽市の本殿裏には三羽の兎が彫られていて、それを全部見つけることができれば、幸せになれるといわれているそうです。

もちろん私達も探しましたが、二人とも一匹しか探すことができませんでした。幸せは自分でつかむべきものだということでしょうか…。

 

 

夕飯は、ホテルの近くにある「すずらん」に行きました。ここの自慢は日本海直送の食材調達!

 

日本海の荒波にもまれた新鮮な魚介類を使い、腕自慢の板前さんが100種類以上ものメニューを手掛けています。ここで注文したものは、日本一おいしい枝豆(山形ならではのだだちゃ豆は味が濃くておつまみにぴったり!)、つぶ貝やカツオなどのお造り、生ガキ、お蕎麦など…けっこう頼んでしまいました。そしてやはりこのメニューには地酒でしょ!

地酒にここ独自のフルーツのお酢を使ったお酒もいただきました。山形の食も堪能でき、満足な一日となりました\(^o^)/