FCAとウレ・リトゲン画伯の歩み_PART3

ウレ新作発表展 2011.4月

 

この年の事を忘れている日本人はいないでしょう。
2011年3月に起きた東日本大震災。多くの方が傷つき、悲しみ、試練を感じ「頑張ろうニッポン!」を合言葉に、皆が励まし合ったあの特別な年。

 

ウレ新作発表展 2011.4月

 

この時、ウレ・リトゲン画伯は東日本大震災のニュースを聞きつけた瞬間に連絡を下さいました。

「ギャラリーは無事なのか?ファンのみんなはどうなのか?」

なぜなら、この年のウレ・リトゲン最新作展は2011年4月開催だったのです。

 

ウレ新作発表展 2011.4月

 

私共スタッフも、通常通りの絵画展が開催できるとは考えてもおりませんでした。被災した状況から一刻も早く立て直すのが、国民の最優先事項でしたし、絵画・美術品といった趣味の世界に浸る暇は無い…そんな風潮も当たり前に存在していました。

 

ウレ新作発表展 2011.4月

 

しかしながら、実際には多くのファンの方にウレ・リトゲン最新作展をご覧頂きました。

ウレ・リトゲン作品を見て、癒される。
一瞬だけでも夢の世界に入り込み、心をほぐす。ウレ・リトゲン画伯の寄せてくれたメッセージに心潤す。そのような時間ばかりが流れました。

 

この年、ウレ・リトゲン画伯は地元ドイツの紹介VTRを制作し、届けてくれていました。ご来店の方にはそれをご覧頂き、遠く離れたウレ・リトゲン画伯の住む国「ドイツ」のロマンに心馳せたのでした。

FCAとウレ・リトゲン画伯の歩み_PART2

ウレ・リトゲン来日2010年

 

初めてウレ・リトゲン画伯の来日展を開催した翌年の2010年。

この年も引き続き、来日展を開催!世界的ミュージシャンの画家としての来日が2年連続。ファンにとっては衝撃の2年とも言える素晴らしい経験が出来た年でした。

 

ウレ・リトゲン来日2010年

 

来日展はファンの皆様がギャラリーに入りきれない程、殺到する為、抽選で入場制限をかけながら、ご案内させて頂きました。

 

ウレ・リトゲン来日2010年

 

この年は、ウレ・リトゲン画伯が子供の頃に描いたデッサンを初公開。

 

ウレ・リトゲン来日2010年

 

その説明をして下さっているシーンです。
……本当に貴重すぎます(=゚ω゚)ノ

 

ウレ・リトゲン来日2010年
ウレ・リトゲン画伯のポートレート

 

新作版画も素敵なものばかりでしたが…この2010年は、当ギャラリーフジムラコンテンポラリーアートのウレ・リトゲン展史上最高の企画で、原画が勢ぞろいでした。

 

ウレ・リトゲン来日2010年
ウリ・ジョン・ロートのポートレート

 

ウレ・リトゲン画伯ご自身のポートレート(肖像画)に、ウリ・ジョン・ロートの肖像画。全て彼の住むドイツから空輸し、展示。思わず、息をのむような空気の中、“画家ウレ・リトゲン”から様々なお話を伺い、ファン、スタッフ共々、ため息を漏らしながら作品鑑賞した特別な機会でした。

 

ウレ・リトゲン来日2010年

 

この時は、日本で開催されたライブに同伴したカメラマン達も、ミュージシャンならぬ“画家ウレ・リトゲン”の姿を一目見ようと、足を運んで下さいました。

FCAとウレ・リトゲン画伯の歩み_PART1

本日は、私達フジムラコンテンポラリーアート(FCA)とウレ・リトゲン画伯の出会いから、少しご紹介させて頂きます。

 

ウレ・リトゲン来日展写真 2009年

 

ウレ・リトゲン画伯から「絵画作品発表プロジェクト in JAPAN」の相談を初めて受けたのが2008年。今から10年も前のことです。

 

当時、デジタルペインティングは世間でも最先端の括りにあるアート。アートコレクター様でも、なかなかピンと来ない時代でしたが、この頃には既にウレ・リトゲン画伯はデジタルペインティングの技術を習得しており、発表の場を模索している段階でした。
非常に前衛的なアーティストであることが窺えます。

 

ウレ・リトゲン来日展写真 2009年

 

ミュージシャンとは思えない画家活動だと言えます。今では世界中に存在しますが、当時のアート業界では、ドイツか日本かアメリカが突出したデジタルアートの技術を持つと言われていました。

 

ウレ・リトゲン来日展写真 2009年

 

私達FCAでは、当時、日本で最先端のデジタルアートを手掛ける作家とのお取引が既にあり、ウレ・リトゲン画伯の希望に応えられるギャラリーとして白羽の矢が立ったと話題に上がった次第です。

 

とはいえ、誠に恐縮ながら当社スタッフにジャーマンロックの詳細を知る者がおらず、ウレ・リトゲン画伯を1人のミュージシャンとして迎えるのではなく、画家としてのみ受け入れる…といった状況でありました。

 

ウレ・リトゲン来日展写真 かばのおうどんにて

 

しかしながら、翌年、最初の企画展にも関わらず「ウレ・リトゲン来日」を実現。ファンの心を鷲掴みにし、音楽だけではない“画家ウレ・リトゲン”としての存在感を放ったのでした。