本日のブログは、スタッフIが美術展の鑑賞レポートをお届けします。
東京上野にある国立西洋美術館において、2022年10月8日(土)~2023年1月22日(日)の日程で開催の「ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展」を鑑賞してきました。
世界有数の個人コレクションを作りあげた ドイツ生まれの美術商ハインツ・ベルクグリューン(1914-2007年)。
彼のコレクションは、生まれ故郷であるベルリンのシャルロッテンブルク宮殿に面した建物の中で公開され、2000年には主要作品をドイツ政府が購入、2004年にはベルクグリューン美術館と改称しました。
ベルクグリューンは晩年まで作品の購入と放出を繰返し、最終的には、彼が最も敬愛した同時代の4人の芸術家たち、パブロ・ピカソ、パウル・クレー、アンリ・マティス、アルベルト・ジャコメッティの作品に重点が置かれています。
そしてこの4名の作品に、彼らが共通して師と仰いだ、
モダンアートの祖、ポール・セザンヌも加えた、粒選りの作品からなるコレクションは、創造性と生命力にあふれた20世紀の巨匠たちの芸術を堪能させてくれます。
ベルクグリューン美術館の改修を機に実現した今回の展覧会は、この個性的で傑出したコレクションから精選した97点の作品に、日本の国立美術館の所蔵・寄託作品11点を加えた合計108点で構成。
ベルクグリューン美術館の設立後、館外でまとめてコレクションを紹介する展覧会は今回が初めてで、97点のうち76点が日本初公開となっています(ピカソの日本初公開作品は35点!)。
「ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展」鑑賞レポート
「ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展」は、国立西洋美術館がリニューアルオープンしてから開催した「自然と人のダイアローグ」に次ぐ、第2弾の作品展。
本展開催期間中、隣の東京都美術館では史上最大のTARO展となる「展覧会 岡本太郎」が開催されていました。
(左)アンリ・マティス《パリ、ベルクグリューン画廊の展覧会のためのポスター図案》、(右)パブロ・ピカソ《眠る男》
美術商ベルクグリューンが敬愛したパブロ・ピカソ、パウル・クレー、アンリ・マティス、アルベルト・ジャコメッティにポール・セザンヌを加えた5名の画家作品展につき、画家別に展示作品を紹介いたします。
ポール・セザンヌ
1885-86年頃 油彩・カンヴァス
【日本初公開】
オープニングアクトはポール・セザンヌ。
《セザンヌ夫人の肖像》の隣には、アルベルト・ジャコメッティによる、セザンヌの模写も飾られています(右はレンブラントの模写)。
1890年頃 水彩/鉛筆・紙
セザンヌ作品は4作品のみの展示。
“4人の画家が師と仰いだポール・セザンヌ”とする枕詞がつくだけで偉大さに拍車がかかります。
がしかし…
1906年頃 水彩/鉛筆・紙
この作品はそんな枕詞なんか不要なほど、巨匠感漂うオーラがビシビシと伝わります。
庭師の背景だけに色があり、表情が読めないからこそ“不敵さ”を感じるのでしょうか。
パブロ・ピカソ
展覧会の表題になっている通り、パブロ・ピカソ作品が最も多く展示されています。
1904年 油彩・カンヴァス
「青青の時代」後期に描かれたピカソの友人サバルテスの肖像画。
かすかに金色にきらめく胸元のタイピンとあたたかな唇の色彩は、サバルテス本人が後に述べたように、まもなく到来する「バラ色の時代」を予兆しているようにも見えます。
1905年 水彩/黒インク、厚紙
【日本初公開】
日本初公開となる《座るアルルカン》。
“アルルカン”とは道化師のことで、サーカスに関連するものをモチーフとすることも多かった時期です。
1907年 油彩・カンヴァス
三次元の立体を平面に置き換える表現、「キュビズム」の始まりを告げた作品と言われる《アヴィニョンの娘たち(1907年)》の習作。
「キュビズムの夜明け“前夜”」を感じます。
こちらが《アヴィニョンの娘たち》。
※本展に展示はありません。
1909年 油彩・カンヴァス
《丘の上の集落(オルタ・デ・エブロ)》はキュビズムを一気に進化させたとされ、“オルタのキュビズム”とも呼ばれています。
「キャンバスは、奥へ広がる世界の窓」ともされていた“常識”、キュビズムはこれを変えようとしたのです。
1909-1910年 油彩・カンヴァス
ピカソとともにキュビスム創始者のひとり、ジョルジュ・ブラックを描いた肖像作品。
木炭の粉を用いた、粗い絵肌が特徴のブラック作品《パイプのある静物》に見られるように、ブラックは塗装職人だった経験をキュビズムに持ち込み、ピカソにも影響を与えたと言われています。
セピア調なのに色彩が感じられる《女のトルソ》など、ピカソと同時代を生きたブラックの作品は3点展示されていました(いずれも写真撮影NG)。
1919年 グアッシュ/鉛筆・紙
【日本初公開】
この頃は、詩的でエレガントな室内画の《窓辺の静物、サン=ラファエル》や、
1921年 パステル・紙
古典主義時代の女性を代表する《座って足を拭く裸婦》など、ユニーク性のある作風が多い時期でもあります。
1933年 水彩/グアッシュ/ペン/インク・紙
「どことなくピカソの愛人マリー・テレーズに似ている彫像。ピュグマリオンになぞらえて、命が吹き込まれるのを待っているのかも…?」とは音声ガイド談。
この“ピュグマリオン”とはギリシャ神話に登場する彫刻家のことで、現実の女性に失望していたピュグマリオンは、あるとき自分の作った完璧な姿の大理石像に恋をしてしまう。
Gift of Louis C. Raegner, 1927
ガラテアと名付けた彫像が人間の女性になって欲しいと強く強く願っているとついに…という物語が描写された名画《ピュグマリオンとガラテア》。
これまで多くの画家に描かれてきたモチーフでもあります。
「画家とモデル」はピカソが一生描き続けたテーマでもあり、ピカソの《彫刻家と彼の彫像》も、ピュグマリオンをなぞらえたのかもしれません。
そう言われてみると。
つながりがおもしろいですね。
1937年 油彩・カンヴァス
【日本初公開】
ピカソの恋人だった女性芸術家ドラ・マール。
斬新な構図によって彼女の個性を表現した《緑色のマニキュアをつけたドラ・マール》は、本展のポスターテーマにもなっている日本初公開作品です。
1942年 油彩・カンヴァス
【日本初公開】
大きさが分かるように人を入れて撮ってみました(見知らぬお方)。
“よい絵には、それを祝福し、歓待し、よく調和する額が必要である”
ベルクグリューンは、作品を購入するとアンティークの額を探し出して組み合わせていました。
1939年 油彩・カンヴァスに貼った紙
彼は《黄色のセーター》のために『アカンサスの葉をダイナミックに彫り込んだ、金塗りの17世紀前半のスペイン製の額』を合わせました。
「この力強い絵に表されているドラ・マールの濃密な表情が、鬱蒼と生い茂る金の炎の額縁によってさらに強調された」とは本人の談。
ベルクグリューンによる、こだわりのアンティークの額縁と絵画作品のユニークな組み合わせ、これも本展の見どころの1つで楽しみにしていましたが、どの作品がどういう意図をもって組み合わされて額装されたのか…ほぼ分からなかったのが少し残念…。
作品×額装ごとの意図やエピソードが聞けたら最高ですね。
第二次世界大戦を経て1950年代からドラクロワ、ベラスケス、マネといった過去の巨匠たちの作品を解釈することに取り組み、晩年にはエロスのおおらかな表現をますます自由に追求したピカソ。
1955年(2月9日) 油彩・カンヴァス
ピカソに限らず、クレーやマティス、ジャコメッティの作品は社会全体における大変動を経験した20世紀という時代の証左であり、21世紀の時を超えて人々に訴えかける力を持ち続けている所以でもあります。
1969年 油彩・カンヴァス
1956年 油彩・板
パウル・クレー
ピカソとならびベルクグリューン美術館コレクションのもう1つの柱であるパウル・クレー。
ベルクグリューン美術館に遺された約70点のクレー作品は、第一次世界大戦の末期から画家の最晩年までを網羅した、世界で最も質の高いクレー・コレクションの1つです。
本展ではその中から34点の作品が来日しています。
造形原理の考察とロマン主義的な想像力を融合したクレーの芸術は、ピカソのそれとは対照的です。
しかし、クレーは同時代の芸術家の中でピカソに最も強い関心を持ち、彼のキュビズム絵画に影響を受けたことが知られています。
このあたりも絵に合わせたアンティークの額なのか…知りたい。
1917年 水彩/ 鉛筆/ペン/インク・地塗りをした紙・厚紙に貼り付け
【日本初公開】
1938年 糊絵具・厚紙に貼った新聞紙
1923年 水彩/鉛筆・厚紙に貼った紙
水彩/ペンによる上下の縁取り/下辺に水彩/ペンによる第二の縁取り
個人的に好きな作品タイトルがこれ、《平面の建築/Architecture of the Plain》。
水彩や鉛筆、ペンによる縁取りなど画材を変えながら平面の中に立体を作り上げる(見せかける)とは、言い得て妙だな。
使用した画材の説明部分が複雑です…。
1931年 ペン/水彩・厚紙に貼った紙
《平面の建築》に少し似ている作品、《モスクの入口》。
新たな色彩表現の実験としてクレーが集中的に取り組んだ点描画です。
この作品では3400を超える小さなマス目の1つ1つに水彩絵具で彩色が施されています。
実に骨の折れる作業だったため、クレーはスタンプのような道具を自ら作って制作に勤しんでいたそうです。
規則的な配色、レイアウトで単一的かと思いきや、暖色と寒色、明暗のバランスによって1つ1つが立体的な升目にも見えるし、全体的にも平面性から解き放たれてバイタリティに満ち溢れているように見えます。
↓こちら3点は、パウル・クレー作品の中で2番目に好きだった作品群。
シリーズではありませんが、いずれも油彩転写素描という画材で描かれています。
それぞれ同系色でまとまりある彩色の中に、グランジっぽい汚しのようなデザイン性、
彩色バランスと濃淡、絵の構成が見事で上手さを感じる作品たちでした。
巨匠に誰目線だよ…の意見です(汗)
1933年 水彩/ブラシ/石膏で地塗りした層状のガーゼ・合板に貼り付け
裏面:水彩・石膏下地
パウル・クレー作品で一番好きだったのが《時間》。
上手さを感じた先ほどの3点に対し、“さかのぼる時間(ノスタルジー)”が放たれていたこの作品。
子供の頃、小学校が終わって家の前で缶蹴りやサッカーなどをして夕飯までの時間を遊んでいた情景が、真っ先に頭に思い浮かびました。
“素朴爆弾”のような作品(個人的な意見です^^;)。
層状のガーゼでもたらした厚み、それが“時間の厚み=時間の堆積”となって押し寄せてくる。
解説では、クレーは「壮大な時間の流れ」と「1日1日過ぎていく時間の流れ」、この2つの“時間”の流れが作品に込められているのではないか、と話されていました。
作品1つで、画材1つで、観る人の心根次第で捉え方は千差万別。
これが醍醐味です。
アンリ・マティス
ベルクグリューンが「現代フランスの最も偉大な画家」と称賛したアンリ・マティス。
ベルクグリューンが晩年に収集したマティス作品には、静と動、あるいは安息と活力という対象的な性質が表れています。
1906年 ブロンズ
左の《室内、エトルタ》は、1920年の夏にマティスが妻と娘を連れて訪れた海辺の町エトルタで描かれたもの。
手前には娘のマルグリットと思われる女性がベッドで毛布にくるまって横になっています。
1917年末にニースに制作拠点を置いて以降、窓を伴う室内画を繰り返してがけるようになったマティス。
1929年 油彩・カンヴァス
マティス本人が語るように窓は内部と外部をつなぐ重要なモチーフでした。
立体的な額縁が見えやすいように、斜めから撮影してみました。
1945年 油彩・カンヴァス
1943年 切り紙・カンヴァスに貼り付け
1930年代後半から、色のついた紙をハサミで切り抜く「切り紙絵」の手法を雑誌などの表紙図案に用いるようになりました。
1947年 切り紙・カンヴァスに貼り付け
切り紙絵は、純粋な色彩と簡潔なデッサンの総合であり、いずれの作例も生命力と躍動感にあふれています。
1952年 墨/切り紙・紙の支持体
中央下のスペースは、文字情報を挿入するために空白のまま残されているポスターデザイン。
1952年 切り紙・紙の支持体
長時間立って絵画制作することができなくなり、次第に切り紙絵主体へと移行していき、最晩年には生命感にあふれる女性像の表現に達しました。
“ブルーヌード”とも言われるこの作品では、余白や隙間を入れることで量感・立体感を醸成。
より一層、平面化と簡略化が進んでいきました。
アルベルト・ジャコメッティ
1948-49年 ブロンズ
アルベルト・ジャコメッティは彫刻と絵画において、自分の目に見えるままの人間を表すという課題を追求し、脆さを抱えながらも空間の中で確かな存在感を持つ人間像を生み出しました。
1956年 ブロンズ
ジャコメッティのキャリアの中で最も重要な連作の1つ、《ヴェネツィアの女》。
彼が戦後に繰り返し取り組んだ、細長く引き伸ばされた女性立像のバリエーションに位置付けられます。
1960-61年 ブロンズ
1956年 油彩・カンヴァス
会場内は写真撮影OK
本展では、展示室内の撮影不可マークのある作品をのぞき、すべての作品の写真撮影が可能です。ただし、ご利用は個人利用に限ります。
ジョルジュ・ブラック作品3点だけ撮影不可のようでした。
以下の行為はご遠慮ください。
- フラッシュ撮影や三脚、自撮り棒など撮影機器を用いての撮影
- 展示品や展示ケースを汚損するおそれのある接写などの行為
- 動画の撮影
- 他の鑑賞者の鑑賞を妨げる行為(長時間の撮影、割り込み、連写や特殊なシャッター音など)
- 撮影した展示品画像の二次加工や改変
- 撮影された写真に他の観覧者が写っている場合、その写真の公表にあたっては、写り込んだ方の肖像権に触れることがありますのでご注意ください。また、「撮影不可」マークの作品が写り込んだ写真を公表する場合は、著作権法等に触れる場合があります。展覧会主催者は一切責任を負いません。
- 複製、配布および商業利用を目的とする撮影はできません。
「ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展」まとめ
ドイツ生まれの美術商ハインツ・ベルクグリューンが最も敬愛した同時代の4人の芸術家たち、パブロ・ピカソ、パウル・クレー、アンリ・マティス、アルベルト・ジャコメッティの作品に重点が置かれている本展。
「自分が生きる時代を代表する美術を展望するには、一級の作品が揃っていなければ本当の意味で説得力はない」と語ったベルクグリューンは、画商としての経験と人脈を活かしながら、“最高の顧客は自分自身”という考えのもとコレクションをしていきました。
自分自身を満足させるためにコレクションしてきたことが、今日の世界的価値のある作品へとつながっている事実は、ある種“最上級の自己満足”なのではと感じます。
展示作品のうち76点が日本初公開となる本展。
感覚的に惹かれる色の組み合わせや、
色味、
人物画。
同時代に生きた画家たちのつながりや、表現を知れたことは大いなる知見がありました。
特に最後の、セザンヌの《庭師ヴァリエの肖像》とマティスの《縄跳びをする青い裸婦》は表現方法がまったく違う…
にもかかわらず“強烈な存在感・異彩を放つ人物画”という点においては共通項があり、「行き方は違うけれどゴールは同じ」みたいな感覚があります^^;
あとは途中にも書きましたが、ベルクグリューンこだわりの、アンティークの額縁と絵のユニークな組み合わせをもっと掘り下げて観てみたかった感は否めないかな…。
この記事を書いた人:スタッフI
「ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展」開催概要
■展覧会名
ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展
Picasso and His Time: Masterpieces from Museum Berggruen / Nationalgalerie Berlin
■会場
国立西洋美術館(〒110-0007 東京都台東区上野公園7-7)Googleマップ→
bibiARTにも、国立西洋美術館のアクセスを載せています。
■会期
2022年10月8日(土)~2023年1月22日(日)
休館日:月曜日、10月11日(火)、12月30日(金)~2023年1月1日(日)、1月10日(火)
※ただし、10月10日(月・祝)、2023年1月2日(月・休)、1月9日(月・祝)は開館
■開館時間
9:30~17:30(金・土曜日は20:00まで)
※入館は閉館の30分前まで
■チケット料金
一般2,100円、大学生1,500円、高校生1,100円
※中学生以下、心身に障害のある方および付添者1名は無料。チケット購入・日時指定予約は不要です。
※大学生、高校生、中学生以下、各種お手帳をお持ちの方は、入館の際に学生証または年齢の確認できるもの、障害者手帳をご提示ください。
■公式サイト
https://picasso-and-his-time.jp/